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真正な登記名義の回復

AがBに甲土地を売却したのだけれど、間違ってAからCへ所有権移転登記をしてしまった、ということがあるそうです。登記記録で言えばこんな感じです。

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 C

 

所有権の登記名義人が、真の所有者ではないCになっていますね。これを真の所有者であるBとするには、まずCの登記を抹消して、改めてBへの移転登記をする、というのが基本です。つまりこうなります。

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 C

3番 2番所有権抹消 錯誤

4番 所有権移転 令和4年4月1日売買 B

 

これでめでたくBが名実ともに所有者だということを主張できるわけですね。そして登記記録上は、2番の実体法上の権利関係に合致しない登記を3番で抹消したことで所有権登記名義人がAに戻り、4番で改めて真の権利変動であるAからBへの所有権移転を登記する、という流れになっています。権利変動の過程を忠実に記録するという不動産登記の理念からすると、これが一番素直なやり方という感じがしますね。それでは、次のような場合はどうでしょう?

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 C

乙区

1番 抵当権設定 令和4年4月1日設定 X

 

先ほどと同じく、真の権利者ではないCが所有権登記名義人になっています。さらにこちらのCは、甲土地の名義が自己のものになった途端すかさず抵当権を設定したわけですね。ここから真の権利者Bが自分の名義にするには、先ほどと同じくCの2番所有権を抹消してAからBへの移転登記をやり直せばいいのですが、ここで問題になるのがXの抵当権です。2番所有権の登記を抹消すると、それに伴って1番抵当権は消滅します。Xからすると、自分の知らないうちにAC間の話し合いで自分の抵当権が消えてしまう、ということになりますね。いくら何でもそれはちょっと理不尽。そこで、2番所有権を抹消するには1番抵当権者の承諾が必要ということになってます。つまり、2番所有権抹消の登記申請には、利害関係人であるXの承諾証明情報を添付するわけなのです。その場合の登記記録はこのようになります。

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 C

3番 2番所有権抹消 錯誤

4番 所有権移転 令和4年4月1日売買 B

乙区

1番 抵当権設定 令和4年4月1日設定 X

2番 1番抵当権抹消 甲区2番所有権抹消により令和4年5月1日登記

 

これで所有権登記名義人がめでたくBになりました。そしてXの1番抵当権は登記官の職権で抹消されています。こういう取り扱いができるのは、Xの承諾証明情報があるからですよね。

しかし、こういう承諾を実際に得るのは極めて困難なのが現実なのだそうですよ。抵当権者の立場からしたら、債務者の財産の中で一番価値があって都合がいいと思って抵当権を付けているわけですから、承諾などしなくて当然ですよね。それでも粘り強くXを説得するとか、代わりの担保を差し入れるとか、いろいろと手を尽くせば、ひょっとしたらXもこの抵当権を抹消してもいいかと思って承諾してくれるかもしれません。しかしそれだってかなり難しいし時間がかかるのは確実。Bが急いで融資を受けるために甲土地の名義を早急に自己のものにしなければ、みたいな状況だったら、Xの承諾を取り付けるなんてやっているヒマはないでしょう。

 

そこで検討される手段が「真正な登記名義の回復」の登記です。これは真実の所有者が、実体上の権利と登記上の名義を一致させるために行われるものです。そして、この登記で行われるのは所有権移転登記なのです。上の例で、抵当権者Xの承諾が得られなかった場合の登記はこんな感じです。

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 C

3番 所有権移転 真正な登記名義の回復 B

乙区

1番 抵当権設定 令和4年4月1日設定 X

 

甲区3番でCからBへの所有権移転登記がされていますが、これは本当にCからBに何らかの権利が移転しているのではありません。無権利者Cの名義を真の権利者Bの名義とするために便宜上所有権移転の形式を取っている、ということのようです。そして、乙区1番のXの抵当権の登記はそのままになっていますね。抵当権が消えることを承諾していないのだから消されていないのです。また、所有権移転は抵当権が付いていてもできるので、抵当権が消滅している必要はないのですね。ということで、抵当権者Xの承諾が得られなくても、Bは甲土地の名義を自己の名義にすることができるのでした(抵当権が付いたままですけど)。

それにしても、真正な登記名義の回復ってのも不思議な登記ですよねぇ。普通の所有権移転登記は登記権利者登記義務者の共同申請であり、登記原因証明情報によって所有権が確かに移転したということを示す必要があり、登記義務者には登記識別情報と印鑑証明書を提供させて登記の真正性を確保する、みたいな割と面倒な手続きを踏まなければいけないのに、それでも実体上の権利関係とは合致していない登記が現れてしまう場合があるってことですもんね。また、承諾しなかったXの抵当権はこの後どうなってしまうのかも気になります。登記記録上は、BはC(または第三者)の物上保証人のような立場にあるってことでしょうかね。ここでBが融資を受けるために抵当権を設定したとすると2番抵当権になるのですけど、それでちゃんと目的を達せられるのでしょうか。仮に1番抵当権が実行されて甲土地が他人の手に渡ってしまったら、Bは誰かに損害賠償請求などできるのでしょうか。なかなかに不安な気分になってきます笑

 

そんな感じで真正な登記名義の回復の登記に疑問や興味を感じる人はそれなりにいるようで、検索すると司法書士が解説をしてくれるページがたくさん出てきますし、こんな本も出版されています。

 

著者の青木登氏は登記官だった方で、この他に登記原因証明情報についての著書があります。本の内容は、Q&A形式で真正な登記名義の回復の登記について細かく説明してくれるというものです。そして元登記官の立場から、平成16年の不動産登記法改正前後の変化に絡めて、真正な登記名義の回復の登記はむやみに認めるべきではない、とのお考えを強く主張されています。実際、改正前は必ずしも登記原因証明情報の提供が求められていたわけではなく、真正な登記名義の回復の登記は今よりも使いでがあったそうですね。しかしこの登記の一つ前は不実の所有権の登記ということを意味し、改正後は登記原因証明情報の提供が義務付けられているのだから、可能な限り実体上の権利関係を調査して登記記録には忠実に反映すべきだ、というわけです。抵当権の抹消を承諾しない抵当権者がいるのなら、「抵当権抹消を承諾せよ」との判決を取って対応するのが本来のやり方ってことでしょうかね。

 

この本に載っている事例で興味深いと思ったのは、設立前の会社が設立後に真正な登記名義の回復を登記原因として所有権移転登記ができるか、という話です。登記記録でいえば次の通りです。

 

●甲土地の登記記録

甲区

1番 所有権保存 A

2番 所有権移転 令和4年4月1日売買 B

3番 所有権移転 真正な登記名義の回復 株式会社C

 

この登記記録は何なのかというと、Aが設立中の株式会社Cに現物出資をしているのです。そしてBはCの発起人です。で、この3番の登記ができるかどうか。この本によれば、これはできないとされています。

令和4年4月1日当時、株式会社Cが設立中だったとすると、Cには権利能力がありませんので甲土地の所有者にはなれません(=登記名義人になれない)。一方、設立時の現物出資は、実際に出資が行われた日を登記原因日付にするってことになってますよね。だからAがCへの現物出資を令和4年4月1日に履行すると、その登記原因日付は令和4年4月1日になるわけです。しかしCはまだ設立中であって登記名義人にはなれませんから、とりあえず売買ということにして発起人Bへ移転しておいた、といった事情があったのかもしれません。そうすると、2番の所有者がBになっているのはそれほどおかしくない(無効とはいえない)とも考えられ、真正な登記名義の回復の登記は認められないとの結論に至ります。

ではこの場合どうするかというと、設立中の会社Cとその発起人Bとの間には委任関係があると考えられ、Cが会社として成立して権利能力を獲得したら委任関係が終了するのだから、「委任の終了」を登記原因とすれば良い、とのこと。なるほど、言われてみれば確かにその通り。わざわざ真正な登記名義の回復というイレギュラーな登記を持ち出さなくても、委任の終了(←これも充分イレギュラーかもしれませんが…)とすれば普通に移転登記ができるのですね。とはいえ、判決の場合はやるしかないよね、みたいなことがあちこちに書かれているのは、裁判所に対する登記官の複雑な心中が垣間見えるようで非常に面白かったです^^;

 

Amazonでは紙の本が結構なお値段で販売されていますね。でも電子書籍化されているのでそれを買いました。試験勉強があるからガッツリ読んでいるわけにはいかない…のですけど、Q&Aの一つ一つがコンパクトで、意外とスイスイ読めます。冬休み中の勉強の合間に、ちょっとずつ読んでみると楽しいと思いますよ^^