民事執行法と民事保全法
ここの記事で時々「民訴系3法」という言い方をしているところがありますけど、それは司法書士試験の出題科目である民事訴訟法、民事執行法、民事保全法をひとまとめに考えているという意味です。たいていのテキストとかスタディングの動画の並び順は、まず民事訴訟法があって、その後に民事執行法が来て、最後に民事保全法を勉強する、となっていると思います。でも現実の社会では、最初に民事保全法に基づく保全手続と保全執行があって、それから民事訴訟法に基づいて裁判をやって、判決が確定したら民事執行法に従って執行する、という流れになっているのですよね。だから、民事執行法の話を聞いてからすぐ民事保全法の話になると、時系列が逆戻りして混乱する気がします笑 まあでも、民事訴訟法の知識がないのに民事保全法の話をされても全く意味が分からないから、テキストや動画の並びが今のようになっているのは仕方ないのかもしれませんが。
ところで司法書士試験では、午後の部の多肢択一で民事訴訟法5問、民事執行法1問、民事保全法1問が出題されます。民事訴訟法はマイナー科目としては出題数が多いため(憲法や刑法より多いのです)、それなりに対策を立てている人がほとんどだと思います。しかし…民事執行法と民事保全法はどうやって勉強してます? どちらの科目もそれぞれ1問しか出題がなく、その割には馴染みのない制度について覚えることが多いし、執行抗告や執行異議がどんな場合にできるかできないかみたいな細かい規定がやたら多いし、本当に受験生泣かせですよね^^; また、不動産登記法の中に処分禁止の登記というものが出てきますけど、これは民事保全法の知識がなければどういうものなのか意味が分からなかったりします。本案訴訟に勝訴して保全仮登記を本登記したときは~とか、最初は何が何だかまったく意味不明でしたよ笑 しかも、不動産登記法の中で処分禁止の登記に関する過去問はそこそこボリュームがあるのです。つまりそこそこ出題されやすいテーマであり、それが1問しか出題されない民事保全法を前提とした話なのだというのは、司法書士試験の難しさというか対策のしにくさが表れているなぁと思います。
そんな民事執行法と民事保全法、実は大学法学部や司法試験・予備試験でもマイナー科目扱い?で、分かりやすくて定評のあるテキストがなく、理解があやふやなまま弁護士としての仕事をせざるを得ない、みたいなことさえあるのだそうです。ましてや、資格試験の出題科目だからという理由だけで勉強する法律の初学者なんて、内容をおおまかに掴むことさえ難しいと思います。そこで、民事執行法と民事保全法を分かりやすく解説するために、この本が書かれたのだそうですよ。
著者の和田吉弘先生は弁護士であり、大学で教育研究に携わっている方です。豊富な事例と判例を紹介しつつ、たくさんの図も使って、執行異議の訴えはこういうものだ、債権者が複数いる場合の配当はこのようにやるのだ、ということが本当に具体的に説明されます。たとえば第三者異議の訴えって担保権者はできるのか、譲渡担保権者はできるのか、用益権者はできるのか、みたいなことなんて、今までそういうケースがあるのだってことを思い浮かべることすらできませんでした。でもこの本を読んでから、第三者異議の訴えをどういう状況で使うのかが何となく想像が付くようになって、少し身近に感じられるようになりましたよ。また民事執行法や民事保全法は、思ったよりも学説が対立しているトピックが多いようで、A説とB説はそれぞれこういう内容で、こういう場合にこういう違いがあって、法はA説を採っているようだ、みたいな説明がちょくちょくあります。この本は分かりやすさ優先というコンセプトで書かれているので学説問題には深入りせず、説の紹介程度のことが多いのですけど、そういうのって知的好奇心を刺激されますね。読んでいてとても楽しいです^^
事例の中でとても面白いなと思ったのが、不法行為に基づく債権と相殺と転付命令の関係です。まず転付命令は、差押債権者が執行裁判所に申し立てることによって、差押債権者の債権(執行債権)の弁済に代えて債務者の第三債務者への被差押債権を券面額で転付する命令を出してもらうという制度です。転付命令が第三債務者に送達されると、執行債権が弁済されたものとして消滅し、それと同時に被差押債権が差押債権者のものになります。たとえばAがBに貸金債権を持っていて、さらにBがCに代金債権を持っていたとしましょう。Aの債権を執行債権とする転付命令がCに送達されると、AからBへの債権(執行債権)が消滅し、同時にBからCへの債権(被差押債権)がAに帰属して、AはCに直接弁済を求めることができるようになるのです。BからCへの債権で、AからBへの債権を代物弁済したようなものですね。
次に、悪意による不法行為に基づく損害賠償債権や人の生命・身体の侵害による損害賠償債権は、受働債権として相殺することができないことになっています。たとえばAとBという2人の人物がいて、AがBを故意に殴ってケガをさせたとしましょう。するとBはAに対して損害賠償債権を取得します。それとは別に、もともとAはBに対して貸金債権を持っていたとします。この場合Aとしては、貸金債権を自働債権、損害賠償債権を受働債権とする相殺をすれば、実際に支払わなければいけない金額が低く抑えられてラッキー!と考えるかもしれません。でもそれはダメということです。被害者には現実に補填を受けさせるべきだし、不法行為の誘発を防がなければいけないから、というのがその理由です。
そこでAは、次のように考えました。自分の持っているBへの貸金債権を執行債権として、BのAに対する損害賠償債権を差し押さえ、Aへの転付命令を申し立てればよいのではないか、と。申立てによって転付命令が第三債務者Aのところへ送達されると、AからBへの貸金債権が消滅するとともに、BからAへの損害賠償債権がAへ移ります。すると、この損害賠償債権は債権者と債務者が同じAということになって、混同により消滅するのです。AからBへの貸金債権を執行債権と見たときに、Aは債権者であり、なおかつ第三債務者でもある、というところがミソなのですね。転付命令と混同の合わせ技で、相殺と同じ効果が得られるわけです。これ、スゴくないですか? よくこんなこと考えついたな…と思わず感心してしまいました笑 しかし当然ながらこんな抜け道が許されるはずもなく、このような転付命令に効力はないとされています(最判S54.3.8)。ズルイことはできないものですねぇ。
この本にはこんな事例がたくさん載っています。アオリ文句に「司法試験・司法書士試験対策に最適な1冊」とか書かれていますが、司法書士試験の対策としては余談が多いという感じもします。とはいえ、普通は見ることのない民事執行・民事保全でやることが具体的に分かるようになりますよ。何をしているか思い浮かぶようになれば、細かい規定もちょっとは覚えやすくなりそうな気がしますよね。司法書士試験の勉強をしている人なら割とスイスイ読めると思うので、冬休みの勉強の合間に息抜きで読んでみてはいかがでしょう?^^