意思表示と第三者
瑕疵ある意思表示といえば心裡留保、虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫の5タイプがあります。で、これらの意思表示を取り消す場合の第三者対抗要件が少しずつ違いますよね。それは本人の帰責性と相手方の責任とのバランスで決まるわけで、並べてみると次のようになります。
①心裡留保→善意
②虚偽表示→善意
③錯誤→善意無過失
④詐欺→善意無過失
⑤強迫→(第三者保護規定なし)
基本的に、本人の帰責性と第三者の保護要件が綺麗に反比例していますね。つまり、本人の帰責性は①から⑤へ向けて小さくなり、逆に第三者保護の要件は重くなります。特に⑤は、本人の意思表示は相手方に強制されたものと言ってもよく、本人にそういうつもりはなかったけどやむを得ず意に反する表示をしてしまったという状況ですから、第三者を犠牲にしてでも本人を保護するだけの意味があるわけですね。
①は民法93条2項に根拠があるのですが、これは平成29年民法改正で新設されたものです。心裡留保をした人は意図的に嘘をついて虚偽の外観を作り出しているわけで、虚偽表示と同じくらいの帰責性があると言えます。そのためもともと民法94条2項が類推適用されるべきというのが通説で、それが法で規定されたのですね。
②も本人が虚偽の外観を作り出しているのだから、責任が重いのは当然でしょう。とはいえ、単なる善意ではなく善意無過失が必要とする意見もあるそうです。なぜなら虚偽表示が行われる事情はいろいろあり、一概に帰責性が大きいと言い切れるわけではない、だから無過失を要件としておいて、虚偽表示をした人の帰責性と第三者保護の必要性を都度判断できるようにしておく方が適切に解決できる、というのが理由です。つまり、虚偽表示をした人の帰責性が大きければ第三者の落ち度(過失)は大目に見るし、逆に虚偽表示がやむを得ない事情によるものだったら第三者に高い注意力を求めれば良い、ということですね。これなら確かに、事例ごとに最適な責任の配分が可能になりそう。しかしこれでは、自分がどのくらいのことをしておけば保護されるのか事前に分からない、という状態になってしまいます。後になって裁判官が判断するわけですから。また、後から話をひっくり返される可能性があるとなったら、取引のたびに権利関係をじっくりと調査する必要に迫られることになり、円滑な社会経済活動なんてとても無理。それで、虚偽表示の第三者保護要件は善意とされているのでした。
③④は、同じ事例が錯誤にも詐欺にも当たることがあり、どちらを主張するかは時と場合によるってこともあります。このうち詐欺は、以前は善意で良かったのに、平成29年改正で善意無過失に変更されたそうです。虚偽表示が善意のままなのに対し、詐欺が善意無過失を求められるのは、本人の帰責性にそれだけの差があるということです。虚偽の外観を作り出すこととか、自分がやったわけでなくても虚偽の外観を放置しておくのは、相当に悪質なことなのだという民法の考えが読み取れますね。
ところで、A所有の土地について、AとBが通謀してAB間の売買を仮装したとして、Bが第三者Cに売却し、さらに転得者Dに転売した場合、AはAB間の売買の無効を主張してDに対して土地の返還を求めることができるか、という問題も定番ですね。つまり土地がA→B(ここまで虚偽表示)→C→Dと移転しているわけです。そこで虚偽表示についての善悪で場合分けすると、
①CもDも善意だった
②Cは悪意だったがDは善意だった
③Cは善意だったがDは悪意だった
④CもDも悪意だった
このうち、①はできないし、④はできるということで、これらは話が簡単ですよね。②は、Dの立場で考えると直接Bと取引するのと保護の必要性は同じってことで、AはDに対して無効を主張できません。
問題は③ですね。この場合もAはDに対し無効を主張して土地の返還を求めることはできないのです。ひとたび善意者が出てくるとその時点で法律関係が確定するから、と一応の理由は説明されますが、それでもやっぱりDがズルイ感じがしませんか? 悪意のDとしては、善意のCを間にかませばAの土地を合法的に巻き上げることが可能になるわけですし。実際そういう発想から、転得者については一人一人善意か悪意かによって対抗できるか否かを判断すべきだ、という考え方を支持する人もいるそうです。この、転得者ごとに善悪を判断する考え方を「相対的構成」といい、そうではなく善意の人が出てきたら法律関係が確定する考え方を「絶対的構成」と言います。で、現在の判例は絶対的構成を採っており、司法書士試験もそれに合わせて出題されているわけなのです。
素朴な考え方では相対的構成の方が正当な結果が得られそうなのに、なぜ判例は絶対的構成を採用しているのでしょうか。まず、わざと善意のCを間に入れた悪意のDがズルイという上記の話に対しては、そういう場合の実質的な第三者はDであり悪意なのだからDを保護する必要はないという感じで個別対応すれば良いです。これよりもっと困った事態になるのが、たとえばDが大変真面目で仕事熱心だったなんて場合です。Dは土地を購入するにあたって、本当にCに権利があるのか、その前の持ち主であるBはどうか、ということを当然調査するでしょう。その過程で、AB間の虚偽表示について悪意になってしまうかもしれません。そして、悪意の転得者は法的に保護されないとされていたら、そもそもDはこの土地に手を出すことはないでしょう。逆に、Dがテキトーに仕事をしていて調査もおざなりでAB間の虚偽表示に気付かなかったとすると、Dは善意の転得者なので保護されます。結果として真面目な人が保護されず、テキトーな人が保護されることになりますけど、それは果たして正しいのでしょうか? また、これはCにとっても不利益なことです。何しろCは正当な所有者なのに、真面目なD(真面目さゆえに悪意になってしまう可能性がある)が取引に参加しなくなることで土地を売却するチャンスが少なくなってしまうのですからね。さらに、Dが悪意になる事情はそれこそいろいろで(真面目さゆえに…)、にも関わらず悪意だったら一律に保護しないとすると、それなら逆に虚偽表示の張本人たるAをそこまでして保護する必要があるのかという話にもなってきます。こういったわけで、現在は絶対的構成を採っているのでした。言われてみればその通り…というか、素朴な考えだけでは都合の悪いことも出てくるものなんですね^^;
以上、個人的な備忘録的に整理してみました。このあたりの話はツッコミどころが多くて面白いですね。本番の試験でも割と出題されるところなので、じっくり勉強しとくのもいいかもしれません。