抵当権の強さ(2)
前回の続きで、最近(といってもここ20年くらい)の抵当権の変化を見ていきます。
②短期賃貸借保護制度を廃止し代替の新制度を導入
短期賃貸借とは、民法第602条で規定されている通り、土地5年、建物3年以内の賃貸借のことです。抵当権の設定登記よりも後になされた賃貸借は、抵当権に対抗できません。なので抵当権が実行されて買受人が現れたら、賃借人は現在賃借している物件を明け渡さなくてはいけないってことになりますよね。しかし、その物件が生活や事業の場だとしたら、ある日突然出て行け!と言われても賃借人は非常に困ってしまいます。そして、そのようなことがまかり通るのならば、抵当権の付いた不動産の賃貸自体が行われなくなってしまうかもしれません。それでは極めて不便。また、抵当権って物件を担保に入れたまま使用収益ができる仕組みであるはずなのに、抵当権を付けたら賃貸できず収益を上げられないというのでは本末転倒ですし、かえって抵当権者の損害にもなりかねません。そこで、短期間の賃貸借の場合は例外的にそのまま物件を利用できることにしよう、というのが短期賃貸借保護制度でした。具体的には、差押えの登記をした時点で賃貸借の残存期間が民法602条の期間内であればOK。これだけの期間があれば、賃借人が次の生活拠点や営業拠点を見つけるのに充分な時間が確保できるだろうというわけです。あ、もちろんその賃貸借の期間が満了したら明け渡さなくてはいけませんし、賃貸借契約の更新もできませんけどね。
ところがこの制度、現実的には賃借人の保護という本来の目的とはかけ離れた使われ方をしていました。不動産を競売する場合、現に人が住んでいる物件はなかなか売れません。なぜならそういう物件を落札した第三取得者は、占有者を追い出すために訴訟を起こすなどの対応が求められ、時間や手間がかかるからです。その分、落札価格を押し下げる原因になります。落札価格が下がると回収できる金額が減り、抵当権者が損をしてしまいますね。それなら抵当権者としては前もって賃借人に出て行ってもらおうと考えるでしょうけど、そこに立ちはだかるのが短期賃貸借保護なのです。何しろ土地なら最長5年、建物なら最長3年は出て行く必要はないわけで、その間は売れないとなると適切なタイミングで売却することができなくなって損害を被る可能性があります。そうかといって占有者に立退料を払うとしても、足元を見られて金額を吊り上げてくるでしょう(いわゆる占有屋。民事執行法にも占有屋対策のための規定があったりしますね)。こうして短期賃貸借保護制度は、バブル期以降は専ら抵当権の実行を邪魔するために悪用されるようになってしまい、強く批判されていたのでした。
そこで、平成15年改正で短期賃貸借の保護は廃止され、代わりに「建物明渡猶予」と「抵当権者の同意による賃貸借の存続」という2つの新制度が導入されました。この改正によって、抵当権に劣後する賃貸借は長期であろうが短期であろうが抵当権に対抗できなくなったのです。しかしそれでは不利益を被るかもしれない正常な賃借人に配慮したわけですね。建物明渡猶予は、抵当権に対抗できない建物の賃借人が競売手続開始前から建物を使用収益している場合に、買受人の買い受けの時から6ヶ月間は明渡しが猶予されるという制度です(このほか強制管理や担保不動産収益執行の管理人が競売手続開始後に行った賃貸借によって建物を使用収益する者も対象です)。明渡しの猶予とは、元賃借人である建物使用者に6ヶ月の時間をあげるからその間に引っ越してね、という意味です。6ヶ月間賃貸借が存続するのではありません。一応今すぐ出て行かなくてもいい、ということに過ぎないのですね。つまり占有権原がないのに建物を使用していることになるわけで、その対価を支払う必要があるし(不当利得の返還として賃料相当額を支払うことになるのでしょう)、買受人が相当の期間を定めて1ヶ月分以上の対価の支払いを催告したのに建物使用者がその期間内に支払わなかったら、もうこの猶予は適用されなくなります。それから、建物使用者が敷金を入れていたとしても、買受人には敷金返還債務が引き継がれないそうですよ。パワーバランスがかなり抵当権者側に傾いているように感じられますね。それと、土地の賃貸借には猶予の制度がなく、すぐ退去しなければなりません。建物よりも抵当権者側に有利です。
次に、抵当権者の同意による賃貸借の存続とは、抵当権に後れる賃貸借がある場合に、賃貸借に優先する抵当権者全員がその賃貸借の存続に同意して、その同意を登記したときは、賃借権者はその賃借権を抵当権者に対抗できる、という制度です。賃貸借に優先する抵当権者全員、というところがポイントで、1人でも同意しなかったらダメです(同意した抵当権者についてのみ有効、ということにはなりません)。また賃貸借は登記されていなければいけません。抵当権に優先する賃借権が存在することを公示する必要があるからです。そして、同意した旨の登記が効力発生要件とされているのは、不動産登記法でも出てきましたね。賃借人が敷金を入れている場合、この同意の登記は敷金も登記事項になります。第三取得者に敷金返還債務が引き継がれるため、敷金の存在も公示しておかなければいけないからです。
まとめると、賃借人は賃貸借より先順位の抵当権者全員の同意を得る必要があって、第三取得者は賃貸人の地位に立たされ、敷金返還の負担もしなければ…と、このように考えてみると、利用するのはちょっとハードルの高い制度であるなぁと思ってしまいますね^^; 一方で抵当権者の立場からすると、同意するかどうかは抵当権者の自由であり、抵当権に優先することになった賃借権者が将来的に抵当権の実行を邪魔するかもしれない…と考えるならば同意しなければよいのです。そうすれば単に抵当権に後れる賃貸借のままで、いざ抵当権を実行すれば対抗されることもありません。短期賃貸借保護に比べると、かなり抵当権者に有利になったと言えるでしょう。
なんかまた長くなってきなので次回に続く…。