民法177条の第三者(3)
あれこれ考え始めたらキリがないほど話題のあるところですが、あと少しだけ^^;
●善意でも第三者に当たらない場合
信義則に反することが問題となるところが背信的悪意者と同じだけど、物権変動について善意であっても177条の第三者に当たらない場合があるのです。その例がこちら。
A所有の甲土地のために、B所有の乙土地の一部に通行を目的とする地役権が設定され、BがDに乙土地を譲渡した。AがDに対し、登記なくして地役権を対抗するには、BがDに乙土地を譲渡した時点で、乙土地がAによって継続的に通路として使用されていることが明らかであり、かつ、Dが地役権設定の事実を認識していなければならない。(平成23年 問12-イ)
地役権とは、自分の土地の便益のために他人の土地を利用する権利です。上の問題では、Aが甲土地に出入りするという便益のために、Bの乙土地を利用(通行)するわけで、このような地役権を通行地役権と言ったりします。また、甲土地のように便益を受ける土地を要役地、乙土地のように地役権の負担を引き受ける土地を承役地と言います。で、地役権は登記できる権利であり、177条によれば登記がなければ第三者に対抗できません。ということは第三者DがAの登記不存在を主張して乙土地を通るな!と言い出したら、Aはもう乙土地を通ることができないのか…と思ったら実はそうでもない、というのが上の問題の話なのですね。
通行地役権の承役地が譲渡された場合、①譲渡の時点で、承役地が地役権者(要役地所有者)によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らか、②譲受人が①を認識していたか、または認識することができた、というときは、譲受人は177条の第三者に当たりません(最判H10.2.13)。上の問題で言えば、承役地である乙土地がBからDへ譲渡された時点で、乙土地が甲土地の所有者Aによって継続的に通路として使用されていることが明らかだったのですよね。なので、Dがそのことを認識していたか、または認識することができたときは、Dは177条の第三者に当たらないのです。つまりDが善意でも、AはDに対して登記なくして地役権を対抗できる場合があるわけですね。ということで答えは×です。
こういう取り扱いがなされる理由は、①と②の要件を満たす場合は、ちょっと調査をすれば地役権が設定されていることを割と簡単に知ることができるので、仮に土地の譲受人が地役権の存在を知らなかったとしても、登記の不存在を主張することは信義に反するから、とされています。上の問題で言えば、多分Dは乙土地をちょっと見るだけで、誰かが通路として使用していることが明らかに分かるでしょう。また、承役地所有者Dにとって通行地役権の負担はそれほど大きくないことが多いのに対し、要役地所有者Aからすると通行地役権が認められなくなったら甲土地への出入りがしにくくなって大変に困ってしまいます。なので、Dを177条の第三者と認めることは適切ではないとされたのでしょうね。
上記と同趣旨の判例と、それをベースにした問題もあります。
Aが所有する甲土地を承役地とし、Bが所有する乙土地を要役地とする通行地役権が設定されたが、その登記がされない間にCが甲土地に抵当権の設定を受け、その旨の登記がされた場合には、抵当権設定時に、Bが甲土地を継続的に通路として使用していることが客観的に明らかであり、Cがこれを認識していたとしても、抵当権の実行により当該通行地役権は消滅する。(令和3年 問10-オ)
こちらは承役地に設定された抵当権が実行された場合に、登記のない通行地役権を買受人に対抗できるか、ということですね。これについて最判H25.2.26は、最先順位の抵当権を設定した時点で最判H10.2.13の①を満たしており、なおかつ最先順位の抵当権者が②を満たしているときは、地役権者は登記がなくても地役権を買受人に対抗できるとしています。地役権の存在は容易に知れるのに対し、地役権が認められないと地役権者に重大な不利益という事情は同じですもんね。ということで、こちらも答えは×です。
以上2つの判例はどちらも割と最近出たもので、やや特殊な状況での話と見なされているようです。というか、地役権という物権が物権の中ではちょっと変わり者、というところが影響しているのかもしれません。とはいえ、物権変動について善意(認識することができたとき=善意有過失つまり善意です)であっても信義則に反するとされる場合があるのは、少し意外な感じがしますね。これが地役権のパワーというものなのか、それとも177条の第三者の意味合いが変わってきているのか、微妙な問題で興味深いです^^
●物権の喪失と対抗関係
Aが所有している土地の上に、BがAに無断で建物を建てて所有しているとしましょう。Aが自分の土地を自分で使用するために建物収去土地明渡請求をするとしたら、相手は誰になるのでしょうか。これ、原則としては現在の建物所有者ということになってますよね。Bの建物に登記があろうがなかろうが、Bが他人Cに頼んでC名義で登記してあろうが、現在の所有者がBならBに対して出て行けと言うことになります。これは、建物の所有者でなければ処分権限がないからでしょう。同じ理由で、この建物にBと同居している配偶者や子供などがいたとしても、それらの人たちに請求することはできません。「お父さんに邪魔だから出て行けって言ってくれる?」と子供に伝言させたりしたら、まるで土地所有者の方が悪役のようですね。正当な所有者なのに笑 いや、伝言を頼むとか書面を渡してもらうとかは別に構わないのですけど。
しかし、これには重要な例外があります。それが出題されたのがこちら。
A所有の甲土地上にある乙建物について、Bが所有権を取得して自らの意思に基づいて所有権の移転の登記をした後、乙建物をCに譲渡したものの、引き続き登記名義を保有しているときは、Bは、Aからの乙建物の収去及び甲土地の明渡しの請求に対し、乙建物の所有権の喪失を主張して、これを拒むことができない。(平成24年 問8-4)
Bは自分の意思に基づいて建物の登記を得て、その後建物をCに譲渡していますが、登記はそのままになっています。この場合は、AはCのみならずBに対しても建物収去土地明渡請求ができるでした。なので答えは○です。
この問題は最判H6.2.8をもとに作られたもので、判決文のうち「たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き登記名義を保有する限り」土地所有者からの建物収去土地明渡請求を免れることはできない、というフレーズはよく見ます。でも、この判例で一番面白いなと思ったのは、その後に出てくる理由を示した部分なのです。
…土地所有者が地上建物の譲渡による(建物譲渡人の)所有権の喪失を否定してその帰属を争う点で、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係というべく…
土地所有者と建物譲渡人は対抗関係にも似た関係、と言っていますね。177条によれば、建物を取得しても登記がなければその所有権を第三者に対抗できません。それと同様に、Bは登記名義が自分のままになっているのでは、建物の所有権を失ったことを第三者に対抗できないのです。177条は不動産の物権の「得喪」、つまり権利を取得する方はもちろん喪失する方も登記が必要と言っているのですね。これ、初めて読んだとき意表を突かれた気がしました! Bとしては建物の所有権はCに移転しており自分は所有者ではないと主張し、それに対し第三者Aは登記名義がBなのだからBの所有権喪失は認められないと言っている、このAとBとの関係は建物の所有権を失ったことについての対抗関係、と見ることができるわけですよ。177条って権利の取得を主張する人同士の対抗関係は見慣れているけど、権利を失ったと主張する人も対抗関係になることがあるのですねぇ。そして、所有権を失ったという登記(Cへの移転登記)をしていないBは、建物の所有権を喪失したことを第三者Aに対抗できないのです。物凄く鮮やかなロジックで感動しました^^
判決文ではさらにこの後に、Aからすると現在の真の所有者Cを見つけ出すことは難しいのに対し、BはCへの移転登記をしようと思えば容易にできたのだから、登記がBのままである以上は所有権を失ったと主張できなくても仕方がない、と述べています。上の問題のような例外が成り立つ理由として、こういう説明をされることが多いと思います。確かにその通りなのですが、177条と対抗関係の鮮烈さには及びませんね!(←何が?^^;)
今回でも終わらなかった笑 もう少しだけ続きます