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民法177条の第三者(2)

民法177条の「第三者」とは「当事者もしくはその包括承継人以外の者で、登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者」のことでした。このうち「正当な利益」というところは、不動産の物権変動について保護すべき利害関係や法的地位がなければならず(客観的要件)、さらにその上でその人に固有の主観的様態(主観的要件)を考えることになっています。つまり、一見保護すべき利害関係のある人でも、主観的様態によっては正当な利益とは言えなくなって、「第三者」ではないとされる場合がある、ということですね。ということで、主観的要件の代表例である背信的悪意者について見ていくことにしましょう。

 

背信的悪意者

2020年に実施された行政書士試験の記述式で、背信的悪意者について出題されました。その点数がボロボロだったことは、ずっと以前このブログの記事にしたと思います笑

さて、背信的悪意者とはどんな人かというと、「実体上物権変動があつた事実を知る者において右物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情がある」第三者のことです(最判S43.8.2)。もうちょっと分解すると、①物権変動について悪意、②信義則違反、の2つの要件を満たす第三者です。Aが所有する土地をBに譲渡したことを知ったCが、その登記がまだされていないのを悪用して「Bに損害を与えることで、かねてからの恨みを晴らそうとして」、あるいは「Bに高く売りつけてやろうとして」、Aから土地を買い受けたとします。Cは単に土地がほしいというのではなくて、Bを不公正に妨害する目的で取引に入っていますね。このようなCがBの登記不存在を主張することは、取引上の信義に反しているといえます。だから、こういう場合のCは、登記の不存在を主張する正当な理由があるとは言えない=177条の第三者ではない、即ち背信的悪意者とされているわけなのです。

この点、単なる悪意者(AがBに土地を売ったことは知っている)というだけでは、177条の第三者であることは否定されません。日本は自由競争社会なので、他人よりも良い条件を提示して他人と争うことは、通常の経済活動として認められるべきだからです。また、土地の所有権を取得したら登記して自分の権利を保全すべきなのにそれを怠っているのなら、他の人に横取りされても仕方ないのですね。とはいえ、自由競争が何でもかんでも無制限に認められるわけでもありません。たとえば詐欺・強迫によって他人の登記を邪魔した人は不公正な妨害をしたと言えるため、自由競争と言える範囲に入らないでしょう。それと同じように、上記のCは不当に利益を上げる意図や他人の利益を害する意図があると言え、自由競争からはみ出してしまっています。そこが、単なる悪意者と背信的悪意者の大きな差なのですね。

ちなみに、試験問題での背信的悪意者は「積年の恨みをもって~」「高く売りつけようとして~」という風に登場することが多いですが、それ以外にも信義に反すると考えられるケースがあります。たとえば矛盾した態度を取る人。AがBに土地を売ったけれどその登記していない状態で、税務署長=国であるCが、最初は登記名義人ではないBを土地の所有者と認めて課税していたのに、あるとき一転して登記名義人であるAが所有者だと言って滞納処分により土地を差し押さえ、公売処分をしてしまいました。この事例について最高裁は「CはBの本件土地の所有権取得に対し登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しない」と言っています(最判S35.3.31)。実はBはCに対し、契約書や領収書などを示して登記はないけど所有権は移転していると説明していました。そしてCも一応それを承認し、Bが納付したお金を固定資産税として受け取っていたのですよね。それなのにCがいきなり所有者はAだと言い出したら、BからすればCに裏切られたと思うでしょう。ということで矛盾的態度を取ったCは背信的悪意者とされたのでした。

 

試験で聞かれそうなのは、背信的悪意者からの転得者についてでしょうか。AがBに土地を譲渡したけれど登記未了で、その後同じ土地をCにも譲渡して登記を移転し、さらにCがDに転売し登記もした場合に、Cが背信的悪意者だったらDはどうなるか、というのが典型例ですね。

ここで注意が必要なのは、背信的悪意者と評価されたCは、登記の不存在を主張してBと争うことはできなくなりますが、Bから見たCが第三者であることには変わりがないということです。AC間の譲渡もそれ自体は有効であり、Cがまったくの無権利者として扱われるのではありません。なので、Cから土地を譲渡されたDも、Bから見たら第三者としての地位にあると言えます。その上で、DがBに対して登記の不存在を主張できるかどうかは、D自身が背信的悪意者と評価されるかどうかにかかっているのです。もしDが背信的悪意者でなければ、DはBの登記不存在を主張することができ、Bは所有権を失う結果になります。背信的悪意者からの転得者だから当然に背信的悪意者だ!とされるのではないのですね。で、上記の事例がそのまま出題されたことがあるのですよ。

Aは、甲土地をBに売却した後Cにも同土地を売却し、Cへの所有権の移転の登記をした。その後、Cは、甲土地をDに売却し、その旨の所有権の移転の登記をした。この場合において、Cがいわゆる背信的悪意者に当たるとしても、Dが背信的悪意者に当たらないときは、Bは、Dに対し、甲土地の所有権の取得を対抗することができない。(平成17年 問8-ウ)

答えは○です。結果だけ覚えれば試験の解答は難しくないのですが、それにしても背信的悪意者は177条の第三者とは言えないとしても、第三者の地位そのものは失っていないという点は、ちゃんと説明してくれないと見過ごしてしまいそうですよね^^;

 

上の問題は抽象的にCが背信的悪意者という設定になってましたが、もっと具体的な事例として背信的悪意者が出てくることもありますよ。

A所有の甲土地の所有権についてBの取得時効が完成し、Bが当該取得時効を援用している場合に関して、当該取得時効が完成した後にCがAから甲土地を買い受け、その旨の所有権移転の登記がされた場合は、Bが多年にわたり甲土地を占有している事実をCが甲土地の買受け時に認識しており、Bの登記の欠缺を主張することが信義に反すると認められる事情があっても、Bは、Cに対し、時効により甲土地の所有権を取得したことを主張することはできない。(平成26年 問8-エ)

この事例について最高裁は、まず「時効完成後に当該不動産を譲り受けて所有権移転登記を了した者に対しては、特段の事情のない限り、これを対抗することができない」との原則を述べた上で、

背信的悪意者は、民法177条にいう第三者に当たらない。…Cが、当該不動産の譲渡を受けた時点において、Bが多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており、Bの登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは、Cは背信的悪意者にあたる。

としています(最判H18.1.17)。時効完成後の第三者、上の問題で言えばBから見たCに対しては、登記がなければ対抗できないというのが基本です。時効完成後は、AからBとCへ二重譲渡されたようなものだからです。しかしこの場合のCは、甲土地を買った時点ですでに甲土地をBが長年占有してきたことを知っていたのですよね。そういうときは、信義則上Cを177条の第三者として扱うことは適切ではないでしょう。いかにも背信的悪意者とはこういう人、という感じですね。したがって問題の答えは×です。

ところでこの判例での背信的悪意者は、ちょっと緩めに認定されているのですよ。Bが長期間占有していることをCが知っているといっても、CはBの取得時効が完成している(=Bが所有権を取得している)ことまで知っていたわけではないでしょう。すると原則通りに考えるなら、Cは物権変動について善意ということになって、背信的悪意者には当たらないとされるはずです。とはいえ、他人が占有を開始した正確な日にち等を知っているなんてまずあり得ません。そこで時効取得の場合は悪意の要件を少しだけ緩めて、多年にわたり占有している事実を認識していれば良い、ということにしています。背信的悪意者と認めるかどうかにも微妙なさじ加減があるってことなのですね。

 

背信的悪意者の話はいろいろありますよねぇ。ということで次回へ続く。