民法177条の第三者(4)
ここで、もう一度民法177条の条文を確認しときましょうか。
民法177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
ということで行ってみましょう!
●取消しの前後
①錯誤、②詐欺、③強迫による意思表示は取り消すことができます。④制限行為能力者の行為も一定の場合に取り消せます。それで、A所有の甲土地をBに売却して登記も移し、その後BがCに甲土地を売ったとしましょう。Aが①〜④を理由にAB間の売買を取り消した場合に、BC間の売買が取消しの前後どちらで行われたかによってAはCに対抗できるか、要するに現在Cが持っている土地をAは取り戻すことができるかを、判例に従ってまとめてみます。
まず取消し前の場合。①②ではCの主観的様態も影響し、Cが善意無過失であれば保護され、AはCに対抗できません。保護されるというのは、AがAB間の売買を取り消してもCに対して取消しの効果を主張できず、Cが甲土地の所有権を取得し、Aは所有権を失う、という意味です。このときCの登記は必要ありません。一方、Cが悪意または有過失だったらCは保護されず、Aは甲土地を取り戻すことができるのでした。③④はCがたとえ善意無過失でも保護されません。さらにCの登記があっても同様で、Aは甲土地を取り戻せます。第三者保護規定がないと言われたりしますね。
次に取消し後の場合。こちらは①から④までのすべてで、AとCとは対抗関係になります。先に登記を得た方が勝つということです。試験対策としては、話が単純になるのは助かりますね笑
このような取り扱いになっている理由について、①②を例に確認してみましょう。
取消し前: まずAがAB間の売買を取り消すと、その売買は初めから無効であったとみなされます(遡及効、121条)。売買が無効なのだから、それによって行われたAからBへの所有権移転もなかったことになります。すると、Bに所有権があるという前提でBから甲土地を買ったCは、無権利者からの譲渡だったのだから無権利、つまりCの所有権取得は無効になりますね。しかしこれでは、Cは大損害を被ることになってしまいます。そこで、CのようなAの①②による意思表示を前提にして取引関係に入った第三者は、善意無過失の場合には保護され、Aは取消しを対抗できないことになっています(②は96条3項。①は95条1項で取り消すことができ、これと95条4項で②と同様の扱いになると考えられているようです)。そして、善意無過失の第三者に取消しの効果が及ばないのは、96条3項などによって取消しの遡及効が制限されるからである、とされています。すると、96条3項などが適用されるのは、取消しの遡及効が影響を及ぼす場合ということになりますね。つまり、取消し前に取引に入った第三者だけが保護の対象になるのです(以上②について大判S17.9.30)。
取消し前の第三者が保護されるためには、登記は不要とされています(最判S49.9.26)。177条は登記がなければ対抗できないと言ってますが、それは二重譲渡の譲受人同士のように、互いが権利を主張しあうような場合(対抗関係にある場合)のことです。一方、96条3項は善意無過失の第三者に対抗できないと定めていて、②の場合のAは善意無過失のCにそもそも対抗できません。つまりこれは177条を適用する場面じゃない、したがって善意無過失の第三者Cに登記は必要ない、とされているのでした(繰り返しますが①も同じ理屈で同じ結果になると考えられているそうです)。
取消し後: AがAB間の売買を取り消すと、その時点で甲土地の所有権はBからAに戻ります。この、BからAに所有権が復帰するという現象は、物権変動と言ってもよいですよね。そこで、BからAへの所有権移転と、BからCへの所有権移転が、177条の対抗関係にあると考えるわけです。要するにBからAとCとの二重譲渡があったようなもので、AかCかのどちらか先に登記を得た方が勝つ、ということになります。
しかし、判例のこのような処理には批判も多いといいます。まず、取消しによってAからBへの所有権移転がさかのぼってなかったことになるという現象のことを、取消し前は相手方が無権利者になると言っているのに、取消し後は物権変動と言っていて、説明が一貫していません。また、Aはいったん取り消してしまうと、その後は悪意の第三者にさえ対抗できなくなってしまうのです。これはあまりにもAの保護に欠けるのではないか(②のAは詐欺の被害者です)、というわけですね。さらには、Aの取消しをする時期については特に制限はありませんが、そうするとAが早くに取り消したら悪意の第三者に対抗できない危険に晒されるのに対し、取り消せるけれども取り消さなければいつまでも第三者に対抗できる、ということになってしまいます。でも、これは不当ではないでしょうか?
そこで学説としては、取り消した結果当初の物権変動が起こらなかったとする説明を徹底する考え方が主流のようです。この考え方では、取消しの前後に関わらずAからBへの所有権移転は発生しておらず、Bは完全な無権利者であり、したがってCは無権利者からの譲受人ということになります。しかしこれではBが甲土地の所有者だと過失なく信じたCを害するため、取消し前の第三者Cは①②の場合に限り96条3項等によって、取消し後は94条2項の類推適用によって保護される、としています。判例の処理との違いは取消し後の第三者の取り扱いです。判例は177条を適用するから、登記がなければ対抗できませんが、悪意の第三者も登記があれば保護されます。学説の方は、詐欺の被害者に取消し後すぐ登記すべきと言っても無理な場合もあるだろうし、そんなときは94条2項を類推適用して救済しようということです。いち早く取り消したら、取り消せるのにいつまでも取り消さない者よりも不当な扱いを受ける点については、取消権者が取り消すかどうかをよく考えてゆっくり判断することを非難すべきでないし、取り消すという決断をしたのならすぐに登記すべきで、それを怠ったのなら不利益があっても仕方がない、と考えることもできるでしょう。
判例の処理を正面から正当化しようとする考え方もあります。Aは取消し原因があれば取消しによってBとの売買を無効にでき、AからBへの所有権移転は初めからなかったことになります。初めからなかったということは物件の得喪があったわけではないから177条の適用を考える場面ではないということになりそうですが、実際のところAB間の売買によって、一度はBへ所有権が移転し、それを取消しによってAが取り戻したわけですよね。このことを「初めからなかった」と表現しているのであり、遡及効のある特殊な物権変動があったと見ることができるから、177条が適用できます。するとAは、Bへの所有権移転の遡及的消滅を第三者に対抗するには登記が必要ということになります。しかし、これを取消し前のAに求めることはできません。というのもAは、取り消さなければ登記名義をAに戻すことはできないのに対し、第三者CはBと売買すれば通常その直後に登記を入れることができます。このときのAも登記が必要とすると、取消し前に第三者が出現してしまったらAが登記名義を回復する可能性はまずない、ということになって不合理です。だから、取消し前の第三者に対しては、Aは登記なくして対抗できるのだ、ということなのですね。
民法177条と第三者の話がこんなに議論されるのは、不動産の取引にはいろいろな立場の人が入ってきて、どういう状況でどういう人を保護すべきかが違うからなのでしょうね。それなら個別に判断すればいいじゃないかとも言えますが、それでは自分の取引で自分が保護されるかは事前に分からない(=事後的に裁判するまで分からない)てことにもなりかねず、取引が困難になってしまいます。だから、決まったルールや決まった手順が抽出できるところはそれで定式化しようってことなんでしょうけど、なかなか大変ですね^^; 外野から理論上の勝ち負けだけを眺めているのが気楽って気もします笑 それにしても、今度の試験にも不動産の物権変動に関する問題は当然のように出るのでしょうね〜。結論をしっかり覚えておかなくちゃ。