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担保付社債信託法…

司法書士試験の会社法で、時々ですが社債について出題されます。社債と聞いたら普通は証券会社などで取り扱っている金融商品の一つであると思いますよね。しかし司法書士試験では社債の金融面について触れられることはなく、専ら手続きの話が出てくるのでした。つまり、社債発行は誰が決めるのか、社債管理者にはどんな権限があるか、社債権者集会決議に裁判所の認可が不要なのはどういう場合か、みたいなことです。一般にイメージする社債の話とは全然違うのですよね。しかも、司法書士が仕事として社債に関わることって実際どのくらいあるんでしょうかねー。社債のことは登記事項ではないし、社債の金融面については司法書士ではなく公認会計士や税理士に聞くのがいいでしょうし。

 

なので社債の問題は、会社法の中でもマイナーな論点として扱われています。とりあえず、どんな問題なのか見てみましょうか。

 社債管理者に関する次のアからオまでの記述のうち、誤っているものの組合せは、後記1から5までのうち、どれか。
 なお、担保付社債信託法の適用は、ないものとする。
 また、問題を解くにあたっては、各肢に明記されている場合を除き、定款に法令と異なる別段の定めがないものとして、解答すること。

 

ア 会社は、社債の総額を2億円とし、各社債の総額を200万円として社債を発行するときは、社債管理者を定める必要がない。

イ 社債管理者は、社債権者のために社債に係る債権の実現を保全するために必要な一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。

ウ 社債管理者は、社債権者のために社債に係る債権の弁済を受けるために必要があるときは、裁判所の許可を得て、社債発行会社の業務及び財産の状況を調査することができる。

エ 社債管理者が社債権者集会を招集するには、裁判所の許可を得なければならない。

オ 社債管理者が社債発行会社及び社債権者集会の同意を得て辞任する場合において、他に社債管理者がないときは、当該社債管理者は、あらかじめ、事務を承継する社債管理者を定めなければならない。


1 アイ  2 アエ  3 イウ  4 ウオ  5 エオ

平成26年 問33)

正解は2ですが、今回注目したいのは問題そのものではなく、問題文の冒頭に書かれている条件なのです。「担保付社債信託法の適用は、ないものとする。」という一文がありますね。担保付社債信託法は、もともと明治38年に制定された古い法律です。名前の中に「信託」の文字があるから信託についての法律なのだろうってことは分かりますが、何と信託の一般法である信託法・信託業法よりも前から存在しているのですよ。

 

それでまず担保付社債とは何かというと、これも文字通り社債に担保が付いているということです。担保付社債は、会社の全財産から優先弁済を受けられる一般担保付社債と、特定の財産を担保とする物上担保付社債の2種類に分けられますが、担保付社債信託法は物上担保付の方を扱う法律なので、以下では担保付社債といったら物上担保付であると考えて下さい。で、明治時代の産業近代化によって資金需要が急増し、多くの会社が社債という手段で調達しはじめたのですが、財政基盤が脆弱なのに社債を乱発して、突然会社が破綻して社債がパーになるという出来事が頻繁に起こって問題になったようです。また、日露戦争後の特需に対応して積極的に外資を導入するべく、社債に担保を付けさせることを目的にできたのが担保付社債信託法なのですね。これ以降、社債の発行は原則として担保付きでなければならない(有担原則)という実務慣行が確立し、社債はそんなに気軽に発行することはできなくなりましたが、その代わり比較的安全な金融商品となったのでした。

時代は進んで金融にも自由化の波が押し寄せ、企業の資金調達手段は多様化し、投資家にとっても魅力的な投資先がたくさん出てきました。それに合わせて社債の有担原則もだんだんと緩和されてきて、今では無担保社債が普通…というか担保付きで発行される社債は皆無と言ってもよい状況になっています。何しろ、公募債では1991年以来、私募債では2006年以来、担保付社債の起債がないということですから。なぜ担保付きではなくなってきたのかというと、公募債の場合はそもそも安定的で信用度の高い企業が社債の発行会社であったため、担保が付いたからといってさらなる信用アップの余地に乏しかったから、私募債の場合は銀行保証が一般化したから、と言われているようです。

 

さて、社債に担保を付ける方法として、この法律では信託という仕組みを利用しています。単純に考えれば、抵当権のように社債権者が個別に担保権を持つというやり方もあり得るのですが、何しろ社債というのは広く公衆に買ってもらうものであり、社債権者の人数は相当な多数に上るわけです。しかも社債は人から人へ転々と流通して投資対象になるものですよね。ところがその社債に抵当権のような担保権が付いていたら、譲渡するための手続が煩雑すぎます。それに、一刻も早く回収しようとする社債権者と、長期の投資対象と考えている社債権者がひとまとめにされていたのでは、担保権を実行するタイミングの予想が付かないし、お互い良いことがないでしょう。

そこで目を付けたのが信託という仕組みです。信託は、委託者がある財産を他人である受託者に「信じて託す」ことで、受託者が財産を管理運用し、そこで得られた利益を受益者にもたらす、というシステムです。信託の大事なところは、財産を管理するのは受託者であり、利益を享受するのは受益者であって、受託者と受益者が別の人、という点。そして財産の中には当然物権のような権利も含まれるから、権利が帰属する人(受託者)と、利益が帰属する人(受益者)とを別々にできるところが、信託の大きな特長なのですね。そこで、委託者(社債の発行会社)が担保権を受託者(銀行や信託会社など)に信託し、受託者が受益者のために担保権を管理して、仮に担保権を実行することになったら、受益者(債権者)の債権額に応じて弁済が受けられる、という形になっているのです。

この方法は、抵当権を信託するセキュリティ・トラストと同じやり方です。信託法は平成18年改正でセキュリティ・トラストを明文で認めるようになりましたが、担保付社債信託法は最初からこういう方法なわけで、明治時代に信託のそういう特質を見抜き、社債発行に応用することを考えついた人って凄いなと思います。一方、担保付社債信託法の一般法である信託法自らセキュリティ・トラストを認めたので、担保付社債信託法の役目って何?みたいなことになりそうな気がしません?^^;

 

…といった感じで微妙な立場にある担保付社債信託法という法律、司法書士試験の注意書きに出てくるのは法律科目の試験だし法的に曖昧な部分を残さないためであって、上にも書いた通り一般の株式会社については担保付社債は私募債でさえ2006年以来起債がないわけです。また、保険会社や投資法人などが発行する社債が担保付の場合は担保付社債信託法が適用されるようなのですが、こちらも無担保での発行が一般的なようです。ということは、担保付社債信託法が実際に運用される場面など実務上はほぼ皆無に等しく、学術的にも忘れ去られていく存在なのだろうな…と思っていたのです。ところが、実務上はどうなのか分かりませんが学術的にはそんなことはないようなのですよ。

会社法の逐条解説書である「会社法コンメンタール16 社債」(商事法務)を見てみると、会社法社債の規定(676条〜742条)が載っているのはもちろんなのですが、その他にも何と担保付社債信託法全70条が収録されているのです! しかも、会社法の部分にも担保付社債信託法の部分にも江頭憲治郎先生が前注という前書きを書いていて、これがとても分かりやすくて有り難いのですよ。さらに、この本において担保付社債信託法は付録という扱いですが、中身の質的には会社法の解説とまったく変わらず、条数がだいたい同じ(会社法が67条)であることからページ数もだいたい同じくらい割り当てられていて、ずいぶん厚遇されているなぁ…と思えます。

そして解説の記述は、担保付社債信託法の意義を説明するものなのだから当然かもしれませんが、同法の規定は大いに意味のあるものなのだ、というムードが濃厚に漂っています^^ まるで企業金融のメインストリームが担保付社債である世界線のようなのです。さっき挙げた信託法のセキュリティ・トラストの件も、それが規定されたからといって担保付社債信託法の意義が失われるものではない!と断言してたりするのですよ。また、信託法・信託業法と整合の取れていない部分について、今後改正をしていくべきだみたいなことが書かれていたりもします。ほとんど利用されていない法律なのに、法学者の目から見ると違うものなんでしょうかね。とても驚くとともに、思わず引き込まれてしまいました笑

 

一応、会社法コンメンタール16のリンクを貼っておきますね。

 

会社法コンメンタールは、21分冊で会社法全体をカバーしています。説明が詳細で助かるのですけど…結構いいお値段ですよね。まあ、個人で買うものではないのかも。自分だって会社で読めるから読んでいるわけで^^;

 

そうそう、司法書士試験の社債の問題に付けられている担保付社債信託法の注意書きなのですが、上の問題の次の年(平成27年)は同じように担保付社債信託法が登場したものの、次に社債が出題された令和2年は「明記されている場合を除き、定款に法令と異なる別段の定めがないものとして〜」といったものに変わってしまいました。いちいち表記しなくてよいと思われたのか、本当に担保付社債信託法に引っかかるところがないのか、そもそも平成26年と27年の問題はどこが担保付社債信託法に関連しているのか、まったく分からないのですよね笑 これからも、こういう謎を振りまく法律として存続し続けてくれるのでしょうか。